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    「おれと息子とはちがふ。息子は自分の力でこんな風に立派になつた。おれはうれしくて仕方がないが、まあおれは自分の坐り慣れたところにこのまゝ坐つている方が気楽だ。医者の父親なんてものより、元のまゝの老百姓で結構だ」

    その時、又あの鈍い重量のある音が下流の方からどよめいて来た。それは前のよりもはるかに大きく、つゞけさまだつた。

    と、房一の近くで云ふ声が聞えた。今泉らしかつた。つづいて同じ声が

    「入りましたよ。それがねえ、穴の中は苔が生えたやうな、水たまりもあつてね、やつとこさ奥まで行つてみたんだが、まはりの土はぼろぼろ落ちるし、何のことはない洞穴でさあね、――それでも連中はあつちこつち突ついてみてたがね、含有量はまあもつと試掘してみなけりや判らんさうですよ」

    「それでは、又あらためて伺ひます」

    「ちつとも知りませんでしたよ」

    河原町の上手を出外れると、やはり一帯は桑畑の中を、路はだんだん上り勾配をましながら川から遠ざかつて行くのだが、左手に迫つている山腹の下方にとりつくと、そこから急に路面も赤土になつて、途中でいくつも屈折した坂路が山を越えて杉倉の方につゞくのである。

    「どうして又今まで黙つていたのかね」

    さう声をかけながら、練吉は近眼鏡の下から切れ目をぱちぱちさせ、気安げに、眠つている道平の顔の上にのぞいた。

    「もはやお膳も据ゑていたゞきましたし、これで十分頂戴いたしたも同然でありますから、甚だ失礼ながらお先きに御免を蒙ります」

    「千光寺さんに使ひをやつたのかい。――誰もまだ行かないつて?――何あんて間抜けだのう。庄どん、お前一つ行つて来とくれ。提灯ちやうちんを忘れるなよ。もう皆さんがお集りですからお迎へに上りました、つて云ふんだよ。うん、うん、さうよ。いつしよにお伴をしておいで」

    「どうも遅くなりまして――」

    京都で行はれる御即位の大典はもう四五日後に迫つていたのだつた。その日、陛下は黄櫨染はぜぞめの御袍を召されて紫辰殿ししいでんに出御され、大隈首相は衣冠束帯で階前に進み出で万歳をとなへ、全国一斉に称和する予定で、その奉祝の催しでは河原町の各区内がそれぞれ知慧をしぼつていたのである。

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