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一番はしの家はよそから流れて来た浄瑠璃語りの家である。宵のうちはその障子に人影が写り「デデンデン」という三味線の撥音と下手な嗚咽の歌が聞こえて来る。
「かう云ふと、君は笑ふかもしれんが、自分の親だの子だのいふ者を診るのはじつに困るんだ。なんだかそはそはしてね」
「やっぱり半之丞の子だったですな。瓜うり二つと言っても好よかったですから。」
と、鬼倉はすつかり他意のない様子で答へた。
「途中から――?」
「うむ」
他に通る人とてはない、この広濶な坂の一本路で、二人はいやでも顔を見合はさずにはいられなかつた。近づいて来る自転車の車体には房一の往診用の黒革の鞄と同じ格好のものがとりつけられていた。房一には相手が誰かといふ見当が今は疑ひなくついていた。恐らく、先方にも房一が判つたにちがひない。
――「それでは、わしの方からお礼を云はなきあならんのです。どうぞ、よろしく願ひますわ」
その住居の端々はしばしにまで行きわたつている潔癖さは、同時に大石正文夫妻の年来の好み、その生活の信条といつた風なものをも漠然と現はしていた。
二人は自転車をひきずつたまゝ近よつた。
「怪我人ができたのかね」
房一はあれから相沢の息子を診みに五六度行つた。殆どその度ごとに会つているので、相沢知吉といふ人物については一通りのことは知つているつもりだつた。同時に相沢の経歴についても聞知していた。
「どこの訴訟だ。なに鍵屋、うん、相沢か」